秋の夜長にじっくり味わう 本格ウイスキー入門
Vol.11 / 2012, 09
日本は世界におけるウイスキーの5大産地のうちのひとつだということを知っていましたか?ウイスキーの起源や製法について、知的好奇心を満たしながら、ウイスキーの芳醇な香味をじっくり感じてみませんか? サントリーのウイスキー博士であり、著書に「ウイスキー 起源への旅(新潮社)」をもつ三鍋昌春氏にお話を伺いました。
知られざるウイスキーの歴史エピソードをひもとく
麦と蒸溜技術はいつどこで出会ったか?
ヨーロッパ各地では、キリスト教の伝播とともに「アクアヴィテ(生命の水)」と呼ばれるワインの蒸溜液が祭祀用や医療用として珍重されました。今で言えばブランデーの祖先です。アクアヴィテの製法は教会や修道院の秘伝として、約1000年もの間継承されました。
紀元5世紀頃、ヨーロッパはゲルマン民族の移動により大混乱に陥ります。ゲルマン人は西ローマ帝国のぶどう畑を麦畑に替えてしまいました。寒冷でぶどうの生育に適さず、しかも輸入ワインが途絶えてしまったアイルランドの教会はアクアヴィテを作ることができなくなり、身近な麦(エール)の蒸溜液で代替品を製造するほかなかったと私は推理しています。麦でできたアクアヴィテは、ゲール語で「ウシュク・ベーハー」と言い、これが今日のウイスキーの起源であると考えられます。中世初期のウシク・ベーハーは祭祀用であり、アルコール度数も低いものでした。
11世紀頃になると、フランドルやオランダ北部、北ドイツなどの新興都市で、蒸溜技術をさまざまな原材料に応用するようになり、酒造業者が嗜好品としての酒を作りはじめます。アクアヴィテは各国の歴史や風土とからみあいながら、ジンやハーブ入りリキュール、酒精強化ワインなどに多様化していきます。
19世紀、スコッチウイスキーが大躍進
麦のアクアヴィテが、同じケルト人の国スコットランドで独自の進化を遂げ、豊穣なスコッチウイスキーとなるまでには、さらに長い時間を要しました。
ときは、15世紀のスコットランド。フランスと同盟関係にあった首都エジンバラにはワイン売りが溢れ、たくさんのボルドーワインが飲まれていました。ところが1603年、エリザベス1世の後継者としてスコットランド王ジェームス6世がイングランド王を兼ねることになり、スチュアート王朝が誕生。スコットランドとフランスとの同盟関係は消滅します。大好きなワインが市民の口に入らなくなり、人々は身近なエールビールを使ってワインに似た酒を求めたと思われます。ホップなしのエールビールを蒸溜することによってできる「ワインのような豊かな果実香の味わいを持つ麦のお酒」、すなわちモルト(麦芽)ウイスキーは、この時期に大衆化したのです。
やがて蒸溜業者は、モルトウイスキーもワインと同様に熟成させればさせるほど、複雑味を増しておいしくなることに気がつきます。またオーク樽からタンニンが溶出して芳香がつくという樽の重要性も知られるようになってきました。しかし熟成に何年もかかり、在庫がかさむウイスキー作りは、蒸溜業者にとって大きなビジネスリスクを伴うものでした。
次の転機となったのは19世紀も半ば。 1853年、スコットランドは酒税法を改正。貯蔵熟成保存中は税金がかからなくなったため、蒸溜業者は安心して長期熟成に取り組めるようになりました。 また1860年代に、フランスではブドウの木の寄生虫フィロキセラの大流行によって果樹が大打撃を受けました。ワインとブランデーが不足し、ヨーロッパ中で代替酒の需要増が起こったのです。ジョニーウォーカーやシーバス、バランタイン、アッシャーズといったブレンデッド・ウイスキーの銘柄の多くが、この時期に誕生し、スコッチウイスキーの黄金時代が始まりました。
このように、ほんのさわりですが、ヨーロッパ史とウイスキーの4000年に及ぶ物語は非常にドラマチックです。もしも興味をもたれたらぜひ、秋の夜長の読書にこの一冊を。 読後はほんの少し、ウイスキーが愛おしくなっているはずです。
新潮選書
「ウイスキー 起源への旅」
ISBN978-4-10-603656-9
定価1,200円(税別)
コラム
Q. シングルモルトウイスキーとブレンデッドウイスキーの違いとは?
A. 「シングルモルト」は、同一蒸溜所のモルトウイスキー原酒のみを組み合わせたもの。「ブレンデッド」はモルトウイスキー原酒にトウモロコシなど穀物を原料とするグレーンウイスキー原酒を組み合わせて、求める味を作り出すものです。ボルドーワインがバランスを求めてぶどう品種のブレンド技術を発達させたのと同様に、味を安定させ、より深みや複雑さを増したウイスキーを生み出すことを目的に、スコッチウイスキーにも「ブレンデッド」の技術が取り入れられました。
[おすすめの飲み方]
「シングルモルト」は、シンプルにトワイスアップなどで香りを楽しみたいもの。一方「ブレンデッド」はさまざまな割り方で変化を楽しむのに適しており、よりミキサビリティが高いウイスキーであるといえます。